映画とドラマとファッションと

ブログを初めて早6年。平成生まれ、米国育ちの映画オタク。元パリコレブランド勤務で今はマーケターやってます。

ジョーカーが「ピエロ」な理由

突然ですが、革靴で全力疾走したことありますか?それもソールが革張りで硬いタイプのもので。今作では冒頭から主役のアーサーが革靴でガタガタと大きな足音をたてながら全力疾走します。主演のホアキン・フェニックスに何かが宿ってるようで、走る姿はどんな台詞よりも雄弁だ。

 

傑作だ、いや暴力を助長するからダメだ、と本国米国でも賛否両論渦巻く本作。演技、音楽、衣装は素晴らしいですよ。でも監督が別の人だったら、もっと良い傑作になってた気がしなくもない。とは言え、これだけ話題になるのは作品のテーマがタイムリーで観る者を揺さぶるから。

 

消費税増税に伴い、某経済新聞はこれからはニンジンの皮もおいしく食べきろう!という記事を書き、一部ネットでは叩かれてました。いつの戦時中だよ、と。一方で、企業の内部留保は過去最高の500兆円を更新。要するに、一部大企業はお金を溜め込み、庶民は増税で更に苦しむ。こうして無駄を削減しろ、災害が来ても病気になっても自己責任だ、と言う庶民切り捨てマインドが出来上がります。緊縮政策が作り出した経済格差です。今作を観た人が揺さぶられ語らずにはいられないのは、今作がフィクションの体をなした現実を鋭く抉り出す鏡だから。

 

正にピカソが言う「芸術という嘘は真実を映し出す鏡だ」です。そもそも欧州では昔からピエロや道化は貴族が宮殿に住ませ、政治を風刺してもらう口出し役を担ってきました。そういう意味ではアメコミ映画の枠を超えて、歴史的に見ると当たり前なんです、ピエロが社会を風刺するのは。

 

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16世紀・ポーランドの宮廷道化師スタンチク

日本だけでなくて世界中の先進国で今は経済格差・反緊縮・アンチグローバル化が社会問題となってます。特にヨーロッパの映画祭で評価されている近年の作品を観ると一目瞭然。『わたしは、ダニエル・ブレイク』、『万引き家族』、『ROMA』、『パラサイト半地下の家族』などなど。

 

近年のこれらの作品で描かれているのは、ニンジンの皮を食べたり革靴でも全力疾走しないと生きていけない人達なのかもしれません。(詳しくはブレイディみかこさんの記事が参考になります)

 

ちなみに、この映画では足音がはっきり聞こえるくらい丁寧に走るシーンを撮り、徐々にアーサーがジョーカーに変貌する過程を描いています。で、最後のシーンで足音は聞こえるのでしょうか?是非劇場でお確かめください。

 

ポップカルチャー最前線!『スパイダーマン:スパイダーバース』

サイコー!

 

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ドルビーアトモスにて鑑賞。良い映画を観た時、ズシンと心に残るタイプの映画もあればヒャッホウ、サイコー!と叫びたくなる映画もある。今作は正にこの後者のタイプ。

 

ヒップホップ×アメコミ

グラフィティ×アニメ

スパイダーマン×スパイダーマン

 

手書きの絵が始めてアニメとして動いた時と同じ感動かはわからないけど、これはアメコミの世界が本当に動き出してる感じ、コマとコマの中に没入する感覚がハンパない。

 

過去のスパイダーマン作品へのリスペクトも、ヒップホップカルチャーへのリスペクトも、スパイダーマンお馴染みのブルックリンとNYへのリスペクトも、そしてなんと手塚治虫へのリスペクトもあって、さながらポップカルチャーの万華鏡のよう。(故・今敏の作風に似てるようなリズム感もよい)

 

 

ハン・ソロ』を手がけるはずだったフィル・ロードとクリス・ミラーがルーカスフィルムとウマが合わずに追い出された後に、こんな傑作のプロデューサーと脚本を手掛けてアカデミー賞とっちゃうなんてスパイダーマン並みの「何度も立ち上がる精神」を体現しててそこも含めて素晴らしい。

 

Spiderverseのverseとは、本作のメインコンセプトの「多元宇宙」のmultiverseだけでなくて、「詩」の意味も含むダブルミーニングだとすると、ヒップホップクルーによるマイクリレーで各々が担当verseをラップしていく感じと、この映画はそのままリンクするじゃんとまた興奮。

 

ヒップホップ好き、映画好き、アメコミ好きは是非劇場で没入してみて! あー、またニューヨーク遊びに行きたい。peace!

ショッピングは「趣味」かー美容と万博と時々百貨店。マーケティング事始め

ショッピングは趣味か

「私の趣味はショッピングです。宜しく」

と、彼女は言いマイクを次の人に渡した。大学入学後の、新入生オリエンテーション・キャンプへの道中の話だ。学生と教員が何グループかに分かれてバスにのり、1人ずつ自己紹介をしていた。僕も含め、一通りの学生達が自己紹介を終えた。すると、当時学部長で宗教学を専門としていたジョージ・ルーカスにちょっとだけ似てる教授がマイクを持ち、こう言った。

「皆、自己紹介ありがとう。色々な人が一緒の学部でこれから学べるのが楽しみだね。ところで、ショッピングが趣味、という人が何人かいたけどあれはどういう意味だろうね。音楽とか、映画とか、スポーツが好きってのはわかるけどショッピングって趣味って言えるのかな?まぁ、時代が変わってるって事なのかもねぇ」

マーケティングを学び始めて

何を隠そう、実は僕自身も当時はこの教授と同じ意見だった。映画や音楽、哲学に興味を持っていた当時の自分からしてもショッピングは趣味とは言えないと思っていた。学部でとる授業ももっぱら人文学ばかり。経済関連の授業には一切興味を持たず、ある意味世間のことも「経済」のこともちょっと舐めていた。もう10年も前の話だ。社会人になり、一人暮らしを始め仕事につくと、自分がいかに世間知らずだったかを思い知った。お給料を貰って生きていくのも簡単ではない。

時も流れ、最初に勤めていたファッション・ブランドの仕事を辞め、昨年末からマーケティングの仕事を始めた。周りでマーケティングや広告関連の仕事をしていた近い友人達には、僕の好奇心旺盛な部分はマーケターに向いているよ、と言われていた。だが前述の通り、大学ではマーケティングの授業はおろか、経済系の授業はまともにとっていなかった自分は何がなんだかわからず、転職のタイミングで初めてコトラーを読んだくらいだった。外資系の広告代理店(正確には、英語ではマーケティング・エージェンシーという為、いわゆるテレビCMをバンバン作る、という感じとは違う)で働き始め、今は仕事をしながら自分でもたくさんマーケティング関連の本を読み込んでいる最中だ。この作業はいわば、マーケティングという言語を脳内にインストールをしている段階とも言える。そしてこのブログは、マーケティングの本や資料を読み漁っている中での自分なりの気づきを整理しシェアする為に書いているとも言える。ゆくゆくは、自分が元々強みとしていたカルチャー関連の知識✖︎マーケティングの掛け算で新しい発見を発信して行きたいが、まずは冒頭の話に戻ろう。そう、10年を経て「趣味はショッピング」という彼女の発言の意味がやっと理解できたということをシェアしたい。

万博と百貨店

僕たちが街中のスーパーや、ファッション・ビル、百貨店などで当たり前にする「ショッピング」の起源は19世紀後半〜20世紀前半の話だ。意外と歴史的には短い。ロンドン、パリ、ニューヨークを中心に人とお金が集まった当時は「ショッピング」は上流階級の人達だけに許された特権だった。そう、この頃僕たちが知っている百貨店という物の土台ができたのだ。重厚な建物、季節ごとに変わる派手なショーウィンドウ、高級ホテルにも近いようなスタッフの佇まい、ガラスケース内に並べられた色とりどりの美容品、商品や客層によって仕切られるフロア構成、そして何よりも世界中から集められた珍しい品々など。これらは基本的は世界初の万博を行ったロンドン万博とそれに続いたパリ万博の影響を受けている。当時、世界中に植民地をもち帝国として圧倒的な力を持っていたイギリスとフランスは自らの力の強さを見せつける為に国を挙げて打った一大イベントが万博だった。

美容業界の誕生

この百貨店全盛期の時代に、今の美容業界の土台がパリで生まれた。リンメル、ゲラン、コティ等が香水ビジネスを始めたのが美容業界の起源と言われている。香水のボトルはバカラや、ルネ・ラリックによる1つの工芸品であった。また、シャネルやディオールオートクチュールのデザイナーとして活躍したのもこの頃で、まだまだ一部富裕層にしか手は出せなかったが、香水や服が「買える芸術品」となった。僕たちが今も知っている老舗美容ブランドやファッション・ブランドの多くはこのころから続くブランドである。注1)注2)

フォードと中流階級

一方、ヨーロッパから海を挟んだ大陸アメリカでは、フォードが自動車の量産を始めていた。富裕層相手の手作りの自動車よりも、安価で大量に作れる自動車がアメリカで出回っていた。このころから、"buy now pay later"「今買って支払いは後で」という月賦販売の制度もアメリカで広まった。(20年代当時は自動車の60%が月賦で買われていたそう)

ショッピングの娯楽化 

ショッピングモールの原型ができたのも1920年アメリカ、と言われている。郊外に位置し、遊園地とも見紛うような世界観の演出、車が入れず歩行者が歩くことを前提とした設計などが人々の心を掴んだ。ヨーロッパで建前上の階級制度が崩れ、アメリカでは本格的な中流階級の勃興が始まった時、「ショッピング」そのものが娯楽になり始めた。

ショッピングとマーケティング

冒頭の「ショッピングは趣味か」という問いに戻ろう。ショッピングが娯楽である以上、映画や音楽といった娯楽同様、それらを楽しむ行為が「趣味」であることは否定できない。むしろ、その「趣味」を低俗などと侮ってる場合ではなく、その「趣味」を巡って途轍もない頭脳が世界中で使われている。その頭脳がマーケティングだ。マーケティングとは消費者理解の知見だ。作り手のこだわりだけでなく、消費者が何を求めているか、どうしたら企業は消費者を手助けできるかを理解し、手助けのためにどう実行するか、そして最終的にはどうすれば企業の売り上げを伸ばせるか。マーケティングとは商品を作った後の宣伝活動だけでもなく、広告だけでもなれば、市場調査だけでもないということがやっとわかってきた。(これらはあくまでも手段)

要するに、マーケティングとは10年前には理解できなかった「趣味はショッピングです」という人の感情を理解できなければ務まらない仕事でもあるし、ある意味終わりも正解もない常に改善を求めていく必要がある作業でもある。陳腐な言い方であるが、「左脳的なロジックと、右脳的なマジック」が両輪で回らないと前に進まないという意味では物事を幅広い視野でみる必要もある。かといって、マーケターはエンジニアやデザイナーといった具体的な手に職をもっている訳ではない。マーケターは「何にでも首を突っ込むくせに、1人じゃ何もできない」という側面もある。それでも「趣味はショッピングです」を理解できるプロは特に日本ではこれからますます必要とされている、と現場の第一線で活躍するマーケター達が口を揃えて言っている。(元USJCMO森岡毅さんや元マクドナルドCMOの足立光さん等)低価格高品質、スペックやこだわり偏重の商品作り、マス広告偏重のコミュニケーションなどと日本の大企業の多くは人口が爆発的に増え、勝手に消費者が物を欲してくれた時代の体質から抜け出せないでいる。これからの時代は「物と情報は多いのに、時間は足りない」という時代になる。すると、消費者と企業を結ぶマーケティング思考がより重要になる、と。

このブログでは、そんなマーケティングについて元・ど素人だった僕が少しずつ学んだ事を書いてシェアをしていきたい。マーケティングに興味がある人たちの為になれば本望です。明けましておめでとうございます。

 

注1)オートクチュールからプレタポルテのファッションの歴史に興味がある方は僕のこちらの記事も是非どうぞ!

michischili.hatenablog.com

注2)美容・化粧品業界のみならず、マーケティングに少しでも興味がある方にオススメのビジネス歴史書。骨太な読み応えですが、フランスやアメリカや日本も含めた多くの美容ブランド設立の背景と創業者の人となりも描かれていてとても面白いです。

ビューティビジネス―「美」のイメージが市場をつくる

ビューティビジネス―「美」のイメージが市場をつくる

  

ロンドンの有名百貨店セルフリッジを作った、ミスターセルフリッジのドラマ。Netflixで配信してたのですが、今は残念ながらDVDのみのようです。ミスターセルフリッジの破天荒な起業家っぷりと、百貨店というシステムが出来上がるのを映像で追体験できる貴重なドラマですので是非。

Mr Selfridge - Series 1-3 [DVD][PAL][英国輸入盤]

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正月、ということで初詣に行かれた方も多いと思いますが、それも実は鉄道会社によるマーケティング企画ということは僕の過去のブログで紹介してます。

michischili.hatenablog.com

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『ゼロ・グラビティ』のキュアロン監督最新作。映画『ROMA/ローマ』

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撮影も配信も最先端な映画『ROMA/ローマ』。観終わった後に、写真を撮りにこう!と創作意欲を掻き立てられました。あー、あの空が本当に美しい。キュアロンが今回もまたやってのけてくれました。

ローマの思い出

映画『ROMA/ローマ』の舞台はキュアロン監督が生まれ育った1970年代のメキシコシティ内のローマという地区。大家族の中の息子として育った彼は、住み込みのお手伝いさん達に囲まれていました。今作はそのお手伝いさんの女性を主役にした「思い出」と家族の「再生」を描いています。 

風景写真のような映像

映画の冒頭からじっくりと見せる床の掃除、キュアロン十八番の長回しで映される家の中、ドリーで撮る街中の移動などなど。とにかく撮影が今まで観たことの無い世界を写してくれているのが嬉しい。市内でも、大自然の中でも引きの画が大半を占めている表現がまた新鮮。ここまで細かい部分までフォーカスが合っているのは、さながら巨大な風景写真のよう。それでも『ROMA/ローマ』が彼個人の単なる「思い出」話に止まらず、皆が共感できる「映画」になったのは、風景写真に柔らかい感触を残したからかもしれない。

『ROMA/ローマ』は撮影も配信も最先端!

今回はキュアロン監督自身が撮影監督も務めたのも重要なポイントでしょう。Arri Alexa 65mmという大きなセンサーを持ったデジタルカメラを使って、白黒で撮る。フィルムで白黒で撮ると途端に懐古趣味になってしまうし、デジタルでカラーで撮ってしまうと最先端の表現になりすぎてしまう、と考えたのでしょうか。しかも配給は昔ながらの映画配給会社ではなく、Netflixでの全世界同時公開。作って終わりではなくて、配信のあり方からも今後の映画のあり方について一石を投じて、大きな議論を巻き起こしたのも記憶に新しいですね。やること粋すぎますよ、キュアロン御大!

再生を描く監督、キュアロン

『ROMA/ローマ』では、

タルコフスキーのような水や炎の象徴的な映し方もあれば、フェリーニのような音楽隊や動物が出てくる庶民的な映し方もあるのに、市街戦?のような緊迫感を出せるのも流石キュアロン!という感じ。 

そういえば、『トゥモロー・ワールド』でのあの長回しにしろ、『ゼロ・グラビティ』での宇宙での浮遊感にしろ、キュアロンは昔から新しい「映画」作りをしてきた人だっけ。前2作でも、今作でもキュアロンって「再生」を描きたい人なんだなと思った。

あ、そういえばハリポタ3もある意味時間を遡って自信をつけるハリーにとっての「再生」の話なのかもしれないなぁ。(今作で水や炎の象徴的なショットがお気にりになった方は、ナウシカの元ネタの1つでもある、映画『ストーカー』もオススメ。ロシアの巨匠、タルコフスキーによる詩的なSF映画です。)michischili.hatenablog.com

(または、音楽隊や、街中の動物がわちゃわちゃした感じが好きな方は映画『8 1/2』もオススメ。こちらはイタリアの巨匠、フェリーニによる「映画内映画」)

michischili.hatenablog.com

とりあえず、『ROMA/ローマ』は白黒なのに絶妙な濃淡で描かれているのでとても豊か。カラーじゃないからって敬遠せずに是非観てね!あーそれにしても海と、家から見えるあの空が忘れられない。写真撮りに行こっと。 


『ROMA/ローマ』ティーザー予告編 - Netflix [HD] 

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言葉は要らない!?音楽と映像で饒舌に語る『ベイビー・ドライバー』

台詞、ナレーション、その他の文字情報などの説明を使わず物を語れるというのは、

まさしく映画というメディアの特徴と言えるだろう。エドガー・ライトはそれを今作でやってのけた。 

 

この、「言葉や文字を使った説明」に頼らない=映画ならではの表現の限界に挑んだ傑作がまたアメリカからやってきた。しかもまた、これが難解な話ではなく、大衆娯楽としての要素も満たしているのだから文句の付け所がない

銀行強盗の逃し屋をやってる凄腕ベイビーフェイス・ドライバーは、無類の音楽好き。言葉で説明してしまうと陳腐に聞こえるが、エドガー・ライトは映画冒頭の約5分の間に、台詞も、ナレーションも、文字による説明もない中で説明仕切っている。そしてその5分がべらぼうにかっこいい。

そしてその饒舌な映像の連なりをドキドキしながら観てる我々は、いつの間にか主役のベイビーに魅了され、映画の世界に入り込んでしまうのだ。

 

※この映画の前に、監督エドガー・ライトが撮ったPV。

この時点で既に今作で使われてるアイディアの片鱗が見えるので、興味がある方は是非こちらもどうぞ!
Mint Royale - Blue Song

もし、この映画でも物足りと思った渋い物好きの、あなた。アメ車がかっこいいこちらの映画もオススメです!michischili.hatenablog.com本日も最後までご覧いただきありがとうございました。コメントの書き込み、その他SNSでのシェアなどして頂けるととても嬉しいです!それではまた!

親戚のおじさん?演技があまりにもリアルな『ウィンストン・チャーチル』

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魂が宿る物作り

物作りの歴史において、偉大な作品にはどこか「魂が宿った」かのように感じられることがある。作られたその「物」を前にすると、単なる紙と絵の具や、彫られた石などがあたかも魂があるかのように観る者を揺さぶる。美術館や博物館は、そんな作品に出会える場所として今も昔も多くの人で賑わっている

ぽっちゃりピースおじさん

さて、今作は美術館の話でも、物作りの話でもない。歴史に名を残す1人の男の話だ。ナチスドイツによるヨーロッパの支配に対抗し、連合国の勝利に貢献したあのポッチャリ・ピースおじさんだ。 ポッチャリおじさんのこの映画は、第二次世界大戦中、自国が劣勢に立たされてる中、首相を押しつけらる部分から始まる。映画冒頭、色彩を抑え、外部の自然光が差し込む国会議事堂の画作りから、質実剛健煌びやかさより渋さを好む英国らしさを感じられた。 

魂が宿った?

しかし、この映画の魅力は何よりもゲイリー・オールドマン演じるポッチャリ・ピースおじさんなのだ。変装の名人、シャーロック・ホームズもびっくりな特殊メイクでゲイリー・オールドマンがチャーチルになりきっている。

このなりきり感は単なる名演技というのを超え、上述したように「魂が宿った」かのように感じるほどのクオリティなのだ。目線の泳ぎ、口のぱくつき、葉巻の持ち方、声の質、裸(足)でひたひた歩き回る姿までどこをとってもそれは本物(殆どの人は本物のチャーチルを観たことはないのはわかりつつ)チャーチルがそこにいると思わせるほど。

緊迫する国際戦時情勢に慌てふためく政治家の中において、チャーチルは大決断をしなければならないが、その決断に至るまでの本人の迷いや苦悩、言葉だけでは説明しきれない僅かばかりの機微を演技で魅せてくれた。むしろ、映画だからこそ、演技だからこそ、オールドマンだからこそ、チャーチルの魂を感じられた、と言ったほうが正しいのかもしれない。(今作でアカデミー賞主演男優賞受賞も納得の出来。ちなみにチャーチルの特殊メイクを施した辻一弘も今作でアカデミー賞特殊メイク賞を受賞した。)

渋いおじさんの映画

チャーチルの政策に最後まで対抗する嫌な役柄を演じたスティーン・ディレイの、面倒くさく手強いタイプのキャラクターのなりきりっぷりも良い。ゲーム・オブ・スローンズでも似たような面倒な手強いキャラ、スタニス・バラシオンを演じてたディレイ。オールドマンとディレイ演じる、渋い英国おじさんの演技合戦も見ものだ。少し残念だったのは、チャーチルの前の首相役に実はジョン・ハートが当初キャスティングされていたということ。彼がそのまま演じていてたらもっと凄い作品になってただろうな、と。とはいえ、ゲイリー・オールドマンが存命の今、この作品を観れる僕達は幸せだと思う。

今作と同じくらい作り込みがすごく、同じ俳優(ティーン・ディレイ)が出ているドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』が気になる方はこちらの記事もぜひ!

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◤地方創生と音楽イベント◢〜首都以外で成功する海外フェス〜

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地方創生とイベント

東京への一極集中が加速する昨今、地方を活性化させようという様々な取り組みが行われています。行政レベルでは地方創生、ふるさと納税、地域おこし協力隊等、国から自治体レベルまで一丸となって地方の過疎化・東京一極集中を是正しようと取り組んでいます。最近流行りのゆるキャラや地域限定のお菓子やキャラクターグッズなどもその一例ですね。 

民間も違った形で地方創生に貢献しています。地方に本社や大きな工場を有する企業はそれだけで地元の雇用創出に貢献してますし、野球やサッカーのチームが存在している地域はそれだけで大きな活力となります。また、官民での取り組みの中で最近よく見るのが地域での芸術祭などですね。有名なところでは瀬戸内国際トリエンナーレや越後妻有トリエンナーレなどがあります。美術館という箱だけで完結する鑑賞体験ではなく、街に点在する既存の学校や、工場、民家、そして何よりその地域特有の大自然を最大限に活用して、サイト・スペシフィック(そこにしかない)な作品や体験型作品を設置することで国内外のアート好きが集まる一大イベントとして注目が集まっています。 

そして、今回の本題となる音楽フェスもあります。国内だと苗場スキー場を拠点としたフジロックや、もう少し都会に近いですがサマソニなどは地方創生という言葉ができる前からありますね。こういったイベントを誘致できると、地元に大きな経済効果があるだけでなくその地域のイメージアップ(ブランディング)にも繋がりますね。さて、今回僕が参加してきたイベントは電子音楽の祭典の先駆けとして、本国カナダを始め欧米では大きな影響力を持つフェスとして認知されているMutekというフェスでした。

街の活性化・プラットホームとしてのフェス

11月初旬の土曜のお昼頃、日本科学未来館で開催されたmutekと言うモントリオール発のデジタルアートx音楽のフェスに参加してきました。昼間の部は正確には、ICDC=International Conference of Digital Creativity、訳して「デジタル・クリエイティビティに関する国際会議」、とでも良いましょうか。 VRAI、ロボットなど、テクノロジー関連のレクチャーが多い中、個人的に惹かれたテーマのディスカッションに参加してきました。題して、「人と都市を育てる、世界のデジタルアートフェスの秘密」というパネル・ディスカッション。昼間は入場無料だったので、ビールを持ってフェスに参戦する前に、大人しくメモ帳とペンを持って講義室に座りました。

 

女性キュレーターの活躍

司会進行役には音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ氏。

登壇者は以下の通り:

カナダ、モントリオールからのアラン・モンジェー。彼がmutekの生みの親として登壇。

スペイン、バルセロナ発のフェスsonarのキュレーター、アントニア・フォルゲラオランダ、ハーグ発today's artの代表のオロフ・ヴァン・ウィーデン

そしてロシア・サンクトペテルブルク発、gammaフェスのキュレーター、ナタリア・フクスf:id:michischili:20181103155138j:plain

というメンバー。ちなみに上記のうち、アントニアとナタリアは女性。日本でこういうデジタルアート関連のイベントがあると、だいたい登壇する人は男性が多い印象がありますが、そんなの関係ねぇという具合に英語でのディスカッションがスタート。 

プラットホーム・フェスの役割

それぞれの登壇者が自分達が携わっているフェスのPVを流しながらフェスの特徴を解説。印象的だったのはMutekを設立したアランの視点。

「映画、舞踊、文学など芸術の様々なジャンルにおいてフェスティバルがあるように、デジタルアート・音楽のフェスティバルもあっていいと思った。こういったフェスには、クリエイター・ミュージシャン達がプロフェッショナルとして活躍するためのプラットフォームとしての機能があると思っている。mutekを設立した当初は、北米にはこういったジャンルのフェスが少なく、こういうジャンル好きな人はほぼ皆ベルリンに行ってたが、今ではたくさんのクリエイターやアーティスト達がモントリオールに移住してきて街の活性化にも貢献できている。」と答えてました。

地道な資金集めと運営

その後司会のジェイが質問を投げかけます。「皆様の携わっているフェスの資金集めはどうされているのですか?」と。今回のフェスは4つとも大手企業による運営ではなく、独立した団体で運営されている様子。だいたい共通して、地方自治体や州政府の基金は欠かせないという回答が意外でした。アランは「2年目にケベック州が出してくれた10,000 CAD(日本円にしてざっくり100万円)がなければ今のmutekは存在しない。それくらい助かった」と。オロフは「フェスを始めた最初の数年は全く利益がなく、僕はバーで働いて生活費を稼いでいたよ」と。今では大企業(AmazonLVMHなど)もこれらのフェスに参加するほどになっているものの、始まった当初はとても小さく、一人一人のスタッフが手塩にかけて育ててきた様子がうかがえました。

地方と観光

また、地方を拠点とし、資金援助を貰うためには地元との繋がりも欠かせません。Mutekケベック州モントリオール市のイベントであるがカナダ・クリエーター・アーティスト枠も設けているそう。直近では、カナダ全土から300組以上のクリエーター・アーティストの応募があったとか。観光の側面も重要です。4つのフェスでも大体フェスの参加者の約半数は海外からくる観光客だそう。元々観光地ではあったバルセロナですが、「92年のバルセロナオリンピックの頃からバルセロナの街としての注目度が一気に上がって、94年にsonarがスタート。そこから爆発的にバルセロナの観光地化が進んだ印象があるわ」とアントニア。 

対立、そして逮捕も

オロフは数年前、todays artの開催数週間前に突然逮捕されたエピソードも紹介してくれました。「ハーグは国際裁判所や国際刑務所、その他国連機関も多く、「平和と正義の国際都市」としても知られています。でも、本当にそうなのか?平和が訪れる前は衝突があったはずだ。音楽や文化はそういった衝突も扱っていいはず。そこで「平和と正義の国際都市」ではなく、「衝突の国際都市」というキャンペーンを大々的に打った。そしたらテロを扇動してるという疑いをかけられてね。それでも他の地区の政治家の人達が釈放のために動いてくれて事なきを得たよ」と懐かしそうに話してくれました。こういった議論がきちんとできるのも、合理主義の精神と多様な価値観が集まる国家として有名なオランダらしいエピソードですね。 

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フェスと教育について

最後に再び司会のジェイから「教育という側面はフェスではどう担っていますか?」と質問。どのフェスでも教育には力を入れているようで、前述の通り若手クリエーターの登竜門になる要素もあれば、日中のプログラムではゲストスピーカーによる講演会も欠かせないそうです。sonarではゲストスピーカーに講演だけでなく、その後来場者も交えた様々なワークショップも開いてもらうようにし、現在では20以上のワークショップがあるそう。(ナノ・サテライトの作り方とか、かなりコアなワークショップもあるようです)

首都以外で成功しているフェス

なかなか普段聞けない、海外フェス運営の裏側をたっぷりと聞けた今回のパネルディスカッション。資金集めを行い、地元の理解を得て、地道にフェスを育て、大きくしてきたという点が印象的でした。正直、日本でのクリエイティブ業界や地域おこしでは、全体的に「プロ意識」が薄く、「好きな事をやれればそれでいい」という言説はよく見ます。そして残念ながらそういう考えで行われるフェスや芸術祭は、身内のお祭りに見えてしまうものも多い。そういった点ではアランの「フェスはアーティスト・クリエイターのためのプロフェッショナルのプラットフォーム」という発言は目から鱗でした。

モントリオールMutekバルセロナsonarハーグのtodays artサンクト・ペテルブルグのgamma、と見返してみると全て各国の首都ではなく、第2、第3の都市で花開いたフェスという共通点があります。地方創生または、東京一極集中の打開案の一つとして、今後はmutekは大阪とか他の都市でやっても面白いんじゃないかと思いました。(音楽とテクノロジーといえば静岡県浜松市にある某ヤ◯ハさんなんて真っ先にスポンサーとして名乗り出ても良さそうですね。)

また、すでに地方創生や地域おこしに携わっている人達は、「わかりやすいゆるキャラやイベントを作っておしまい」ではなく、クリエイターの為、観客の為という観点も盛り込んだ意識を持って頂けるとより面白くなるんじゃないかと思います。

Mutekそのものは?

そして夕方からは様々なアーティストの演奏や、企業による機材の紹介ブース、脳波を使って音楽を作るワークショップなどを見て回りました。その中でも特に印象的だったのが、ダンサーの梅田宏明のインスタレーション。今回は本人のダンスはなく、科学未来館プラネタリウム内にこの映像を投影したバージョン。シンプルな線や点といった要素を使いながらも、視線がうまく誘導され音楽とのリズムもとてもよく取れていました。


Intensional Particle - extract

そして夜はデトロイト・テクノの重鎮、ジェフ・ミルズの圧倒的なパフォーマンスで締めくくりました。mutek jpはまだ今年で3回目。今後も期待です。最後に、映像がべらぼうにかっこよかったロシアのフェス、gammaPVを載せておきます。


Gamma Festival 2017 - Official Aftermovie 

 

ちなみに欧米の音楽・テクノロジー業界のマーケティングに興味がある方は、良かったらこちらのNetflixのドキュメンタリーもオススメです。ヒップホップって実は地方創生とは少しずれますが、地元を大切にし起業家精神もある面白いカルチャーなので、合わせて読んで頂けるとより面白いと思います!

michischili.hatenablog.com

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アメリカ映画なのにアイリッシュ!?『スリービルボード』の耽美な世界

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監督と脚本を手掛けたマーティン・マクドナーアイルランド系イギリス人。アメリカ映画なのに随所にアイリッシュ要素と、耽美な要素が見られました。

夏の名残のバラと耽美なオープニング

映画冒頭の約3分、アメリカ合衆国ミズーリ州エビングの風景を写しながら流れる『夏の名残のばら』はアイルランドの民謡。後にクラシック曲や、ポップ・ミュージックなど様々な形式に引用されてますが、この映画で使われたのはオペラ用に編曲されたもの。時代や主題が違えど、風景とこのオペラ版の曲の組み合わせによって、この3分間はヴィスコンティのような耽美なトーンで進んでいきました。

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主人公ミルドレッドが3つの看板を設置した後、彼女の自宅に地元の教会の神父が尋ねてきます。曰く、殺害された娘さんの件については皆あなたの味方だが、あの看板はやりすぎだ、と。すかさずミルドレッドはカトリック教会を揺るがすスキャンダル、神父による子供の性的虐待について言及。あなたが仮に加担していなかったとしても同じ教会の一員であるだけで、私にとっては共犯者よというニュアンスの事を吐き捨てます。

(ちなみにこの事件は『スポットライト 世紀のスクープ』という2016年アカデミー賞作品賞を授賞した映画で描かれています。ボストンのカトリック教会における虐待について徹底的に調べたジャーナリスト達の話ですが、ボストンという街に最も多いのがアイルランド系の移民なのです。更にアイルランド系の多くはカトリック教徒でもあります。 

また映画の中盤でとある夫婦が、

「それはシェイクスピアの引用か?」「いえ、オスカー・ワイルドよ」

というやりとりをしてました。そしてオスカー・ワイルドアイルランドを代表する作家・詩人です。耽美主義を代表する作家、としても知られていますね。

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さて、この映画はアイルランド系イギリス人というある種の部外者だからこそ描けた現代アメリカの暗部、とも捉えられます。ただ、個人的には監督が目指したかったテイストがやや中途半端に見えてしまいました。冒頭の3分は前述の通り、耽美な雰囲気をまとった至福の映画時間が流れました。このテイストのまま進めば大傑作になったかもしれないのに、と、思いつつ登場人物が出てからはヘッドショットを多用した、ややバタバタしたカメラワークに。役者の演技合戦が見られたのは良かったものの、「映画」ならではの撮影と編集のリズムの耽美な要素はこれ以降はあまり観られませんでした。

 

とは言え、タイムリーな話題を扱い、さすが劇作家出身と思わせる脚本の巧さは絶妙でした。監督の次回作も楽しみですね。

 ちなみに同年に公開され、同じくアメリカの田舎を舞台し、殺人事件と人種の問題を扱った物語に、『ウィンド・リバー』という傑作もあります。

興味がある方は是非見比べてみてください!michischili.hatenablog.com

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戦うオヤジとアメ車が魅力。激渋映画『グラン・トリノ』

車を買うなら72年のグラン・トリノが良い、と思ってしまう激渋でカッコいい映画。テーマは「父性と赦し」でしょうか。

グラン・トリノ (字幕版)
 

色彩より陰影が印象的な画作りや、時折手持ちカメラのような撮影が入る感じ、他にもオールドスクールアメリカらしい質実剛健気質が満載。

 

戦争で心に深い傷を負い、2人息子とキチンと接する事ができなかった頑固な偏屈ジジイ、ウォルト。実は隣人のモン族達と過ごす過程で、彼自身の過去を赦す事で生きる喜びを見つけた、そう解釈もできる。

昨今の欧米社会では、左派的なポリティカル・コレクトネスが強調され、ハリウッドでもイーストウッドは右寄りな古い人と見られる事もある。でもこの作品はそんな思想の対立を超えるテーマがある。人は1人では生きていけない、とつくづく思った。

 
ちなみに、もしこの映画でスピード感や音楽や楽しさが足りないと思ったら、こちらの映画も車が魅力的です。michischili.hatenablog.com
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『15:17、パリ行き』はイーストウッドによるゴダール再発見か!?

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ヤバイ。こんな映画あったのか、と思い知らされる出来。

アバンタイトルの手や足のクローズ・アップからして、ただならぬ予感。

撮影と編集のリズムがめちゃ上手い。

 

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